絵葉書 「建物・風景・風俗」 VーC
画で見る神戸の風景
神戸の風景と人々の風俗を生き生きと描いた川西英、伊藤仁三郎の手摺木版画のご案内です。
画像をクリックすると実際の葉書の大きさで見れます。
川西英版画@〜G
@碇山 A須磨海水浴 B観光團上陸 C布引の瀧
D六甲 E神戸 F神戸 G神戸
川西 英(1894〜1965)は、大正時代に青春時代を過ごし、関西における創作版画の雄として活躍した。
同氏は「神戸百景」と題する連作を生涯2度手がけており、1933〜36(昭和8〜11)年にかけて制作された「神戸百景」は、活気あふれる戦前の神戸の都市風景と人々の風俗を捉えた代表作として広く知られている。又、1952(昭和27)年から制作を始めた「新・神戸百景」は、戦後の神戸の移り変わる風景を生き生きと描いている。神戸の風景を描くことは、川西 英の制作活動の大きな位置を占めていた。 英氏の三男の川西祐三郎氏も、父に木版画を学び、新たな視点で神戸の風景を捉え、独自の鮮やかな風景版画の制作を続けている。川西英、祐三郎は神戸で二代続く木版画家として、我々神戸人の誇り画家であります。
上の@〜Cは戦前のものでD〜Gは戦後のものと思います。
伊藤仁三郎版画H〜K
H奥まやロープウエー I奥まや遊園地 J麻耶山天上寺 K奥摩耶百万弗夜景
伊藤仁三郎(いとう にさぶろう)と言う版画家についての詳細は良く知らないが、昭和10年代に京都を中心に果敢な創作活動を展開した日本画家の同人組織「柏舟社(はくしゅうしゃ)」のメンバーのようです。柏舟社は『 舞妓林泉 』の切手(1968(S43).04.20「切手趣味週間」)などで有名な土田麦僊 〔つちだばくせん1887(M20−1936S11)情実のからむ文展の審査に対して不信感を募らせ、1917年文展を離れ、純粋な創作活動と真の近代日本画を追い求めるため、小野竹喬、榊原紫峰、野長瀬晩花、村上華岳らとともに国画創作協会を結成した。〕が死去した後の昭和13(1938)年7月に、「他人に鑑査を受ける展覧会には出品せぬ」と宣言して、麦僊の門下の伊藤仁三郎他5名の同人で設立した日本画の小団体のようである。
このH〜Kの絵葉書は、神戸市交通局選定の4枚セットのものである。

西出町ぶらり探訪
湊町地下道ギャラリー
神戸市を横切る国道2号線。その兵庫区と中央区の境界に地下道があります。地下道の山側の壁一面に川西祐三郎画伯のモザイク壁画「美しいまち神戸」があります。一度覗いて見ては・・・・。
 
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