旅のあらまし
7月21日(金)第1日目
自宅を6時30分に出発。三宮からのリムジンバスで関空に向かう。夏休みに入ったためか4Fの国際線
出発フロアーは結構な混雑振りだ。指定の集合場所で今回の旅の添乗員さん「佃さん」と合流。参加
メンバー24名のツアー。 「よろしく・・・。」
「オーストリア航空 OS558便」にて午前11時05分出発、満席だ。もうここからは海外!時差7時間遅れ
のスイス現地時間に時計を変更する。ながい空の旅の始まりだ。11時間をどう過ごそうか。思案してみても
とる手は「じっとがまん!」の1手のみ。各自の座席の前にはTVモニタが設置されている。ひととうり
チャンネルを探索し、とりあえず「飛行航路ナビの画面で現在位置を追って行く。なんとこの先までの
距離の長いことか。
16時15分、ウィーン着、17時35分発で乗り継ぎ、18時55分予定どおりチューリヒ着後ホテルへ。やれやれだ。
2両編成の路面電車や、2両編成の路線バスが走る道路に面したホテル「シュトーラー」が今夜の宿だ。とりあえず
今夜は1夜を過ごすのみ。(チューリヒ泊)
7月22日(土)第2日目
今日の予定は「ヨーロッパ最大の規模を誇るラインの滝」「切手の小国家リヒテンシュタイン」を観光した後、
「アルプスの少女ハイジの故郷マイエンフェルト村の散策」をし、サンモリッツへ入ることになっている。
「ラインの滝」はナイヤガラの滝には程遠いかもしれないが、予想以上に迫力があり、滝の落ち口に降りる
歩道も整備されていた。下に降りて行くほどに頭上からゴウゴウと落ちてくる水の巨大な塊に足もすくむ。
長居は無用と数枚の写真を撮り退散。
この後、対岸側にバスが回り、小さな船で滝幅の中央あたりに位置する岩峰に着岸。岩峰に登ってみる。
こんどはゴウゴウと流れ落ちる滝のまっただ中、ここも長居は出来ない。20分ほど後に迎えにきた小舟に乗り移り
ドキドキしながらの観光となった。
リヒテンシュタイン公国は実にこじんまりとした国家らしい。自転車でも1周半日もあれば出きるのでは?
切手が産業とあって豊富な切手が各店に売られている。おそらくスイス製だろうと思ったが公国訪問記念にと
リヒテンシュタインの国章入りアーミーナイフを買う。
マイエンフェルト村は「アルプスの少女ハイジ」の舞台となったところらしく、ひょっこりハイジやペーター
が現れそうな雰囲気がいまだに残るところで、物語は今も世界の子供達に親しまれている。(サンモリッツ泊)
7月23日(日)第3日目
「おみやげ〜!」おかしなイントネーションで売りにくる車内販売の陽気な声に乗って「氷河特急」の旅の
始まりだ。今回は天上までガラス張り展望車両の「ファーストクラス」であり、ときおり現れる大きなスケール
の白き峰々も遮るものはない。木立の合間をとらえてパチリ、パチリ!
途中の昼食も予定の食堂車への移動ではなく「ここまで運びましょう」と大サービスだ。
今回の旅は何かと一味ちがうらしい。氷河特急も「氷河の見えるところは安全第一で今は新プルカトンネルで
通過し見えない」ため、「それならば・・・」とわざわざトンネル手前のアンデルマット駅で下車、ここから
バスで「ローヌ氷河」観光に向かうという徹底ツアー。
初めて見る氷河。今まで日本の山では「万年雪の雪渓は何度と無く昇り降りもしてきたが、氷河となると初めてだ。
「これが氷河だ〜」足元すぐ近くから上流へうねる大氷河の光景を瞼に焼き付ける。観光用に氷河の一部をトンネル状
にくりぬいているところがある。奥行き100mくらいの行き止まりのトンネル。50フランを払って入ってみる。
「青々とした氷壁、何万年前の氷だろうか」
氷河も少しづつ動いているはず。地震のようにいつかはこのトンネルも破壊してしまうはず。あるいは毎年雪解けに
合わせてその年のトンネルを掘っているのかも知れない。聞いてみればよかった。
ローヌ氷河観光の後、バスを途中で下車。ここからは一切排気ガスが遮断されている「ツエルマット」へ入る
ために電車に乗り換え。
ツエルマットの村を走るのは電車と電気自動車のみだという。街も空気もきれいだ。国旗・州旗を掲げている
ホテルや店が目立つ。自分達の旗をみんなが誇りにしているようだ。明日はいよいよマッタホルン観光とハイキング。
この街並からマッターホルンが見え隠れすると思うのだがあいにく今日は曇り空。ホテルの部屋からも望めるかも
知れないが雲の中?明日に期待しよう。(ツエルマッツ泊)
7月24日(月)第4日目
夜半から降り始めた雨は上がったが今日は朝から曇り空。マッターホルンは見えないか?
とにかく出発。10両くらい連結した登山電車で標高3130mのゴルナーグラード展望台へ向かう。思っていたより
急勾配を10両前後の連結で登って行く。2本の線路とは別に中央にもう1本ギヤに刻まれたレールが引かれている。
これがミソのようだ。それにしてもたいしたものだ。標高3130mといえば、日本でいえば穂高連峰の高さ。
しかもディーゼルではなく電車なのだ。
あいにく展望台に着いた頃にはみぞれが小雪混じりに・・・。ガスでなにも見えない。
「しまった!」ここでうかつなことにカメラを地面にまともに落してしまう。フィルタ交換や望遠レンズに交換
しようとしていたときのこと。はめていた標準レンズがポロリと外れ頭真っ白!気を持ち直しチェック。どうやら
標準レンズ側ははめ込み部が一部破損し、うまくセットできないもののカメラ本隊側は無事のようだ。「仕方ない。
この先は望遠レンズでゆこう」と諦めるたり、慰めたり。
そうこうしているうち、徐々に雲が切れ虹がかかり始める。案内された方向のまったーホルンの頂きはまだ見え
ないものの、行く本もの氷河があちこちから姿をあらわし青空が出始める。「やったあ〜!」みんなの歓声が響く。
日本語が多い!
時間の予定もあり、長居は許されないのが残念。しかしここから下降は途中の駅まではハイキングであり、さらに
晴れることを期待し歩き始める。高山植物が多い。
残念ながらマッターホルンは雲の切れ間からしか望めなかったが、スケールの大きさは十分理解できたハイキング
であった。
午後のフリータイムは添乗員の佃さんが「スネガという小高いところまでロープウェイで上がり下りはハイキング
をするので希望者はどうぞ・・・。」との誘いに加わる。高いところにぽつんぽつんと建つ小屋に「なんでこんな
不便なところに1軒単位で・・・」せかせか働く日本人には理解しにくい「自然いっぱい!不便さいっぱい」の贅沢な
生活なのかも知れない。
(ツエルマット泊)
7月25日(火)第5日目
今日は移動日。バスで出発した後、長いトンネルをバス毎列車に乗り込んで運ぶとのこと。最初はてっきり人は
降りて空バスをフェリーのように積み込むのだろうと思っていたが、なんとそのまま狭い貨物車両に乗りこんでゆく。
本当にギリギリの幅の積み込みだ。しかも車両はこれまた10両編成くらいで、バス10数台、普通車数10台を呑み
こんでゆく光景にまたまたビックリ
途中、インターラーケンの街を散策し、グリンデルワルド入り。早く着いたのでフリータイムを使ってフィルスト
までロープウェイで上がり、下りをハイキングするという添乗員にここでも同行する。明日向かうことにしている
ユングフラウ・メンヒ・アイガーの望める展望コースだ。帰路のハイキングでは突然降り出した雨に濡れながら
ホテルに帰る。豊富な高山植物もカメラの
トラブルで接写はイマイチ。ホテルの目の前がアイガー北壁の大岸壁。(グリンデルワルド泊)
7月26日(水)第6日目
さあ今日は天気も良い。登山電車でユングフラウヨッホ(ユングフラウの肩)駅に向かう。1列車6両編成
くらいでここも中央に歯車のレールが敷いてある。途中、車窓からは向かう山々の白い頂きが見え隠れし始め、
カメラのシャッターも忙しくなる。クライネシャイデック駅で乗り継ぎ、さらに上部へ。これより先は岩盤の中
のトンネルルート。途中トンネル内の「アイガーヴァント」
「アイスメーア」と呼ばれる二つの駅で途中下車観光。トンネルに横道のトンネルが掘ってあり、その先が岸壁
に空けられた展望窓になっていた。ガラス越しに見る光景は圧巻
やがて「ユングフラウヨッホ駅」に着く。
もちろんトンネル内の駅。さらにエレベータで200m上がればそこは「スフィンクス展望台」360度の大パノラマ
展望に大歓声。パンフレットの写真そのままの光景
にしばし見とれる。西にユングフラウ、東にメンヒ、南にはヨーロッパ最長のアレッチ氷河が悠然と横たわる。
名前はわからないが、おそらくドイツ・イタリヤ・フランスの
山々も望めていることだろう。スイスの人達はここで夏スキーや犬ゾリを楽しんでいるのだろうと思うと実に羨
ましいかぎりである。世界最高点に設置されているという「日本の赤い郵便ポスト」にエアーメールを投函し、
満喫した頂きを後にする。
下山時は登山電車の一部区間を「ミニハイキング」し、雄大な光景を背に、
高山植物を撮りながら満喫する。(グリンデルワルド泊)
7月27日(木)第7日目
今朝はゆっくりとした時間がある。この時間を使って早朝の撮影に出かけ、朝日に照らされ、まぶしく輝く
アイガー・シュレックホルン・ヴェッターホルンの白き山々をカメラと脳裏に焼き付ける。
今日は午前
はブリエンツ湖でのランチクルーズを観光し、午後には世界遺産にもなっている美しい街並みのスイスの首都
ベルン市内の観光をする。
“からくり時計”“大聖堂”“熊の公園”などをぞろぞろ歩きながら案内されたが、驚いたことがひとつ。
街路樹の合間に高さ50p、大きさ畳半畳くらいの場所が点々とあり鉄蓋がしてある。「ごも収集場所?」と
日本人敵感覚で訪ねてみれば「これは核シェルターの入口です。スイスでは政府の指導もあり、個人の家には
ほとんど地下に核シェルターを備えています。個人で持てない分は公のシェルターが整備されており、原子力発電所
などの事故も含めて、もしもの時には観光客も含めて3ヶ月は退避生活ができる備えになっています。」との
返事に唖然としてしまう。日米安保の傘のもととはいえ、日本とは世界感覚が随分異なり、少し恥ずかしい思いも・・・。
バイロンの詩の舞台となったシヨン城観光も行ったが、興味の少ない分野のためか「見た。なるほど・・。」
最後の連泊地モントルーに向い、ホテル「モントルー パレス」に入る。さすが5つ星ホテル。何もかもが違う。
7月28日(金)第8日目
今日は最後の名峰“モンブラン”を訪ねる日。あいにくの曇り空に「上がれるかなあ」「ロープウェイ運転するかなあ」
と一抹の不安を抱きながらバスはスイスとフランスの国境を「パスポート」のチェックも無く、運転手の団体手続きのみで
あっけなく完了。「パスポート見せるから検印してよ・・・」との希望も通じないくらいのフリーな国境にガクン。
モンブラン観光の基地シャモニー。ロープウェイ乗り場でバスを降り、しばしの待ち時間。見上げる稜線はガスの中だ。
やっとロープウェイも稼動しはじめた。ガスの間から降りてくるロープウェイはかなり急勾配だ。
60人乗りの箱にびっしり詰めこみ静かにスタート。かなり長い距離を高くまで登ってきたが途中の中間駅を経由し
勾配の増した山肌をなでるようにさらに高度を上げてゆく。
「エギーユ・デュ・ミディ展望台」・・・・。ロープウェイを降り、さらに200mのケーブルで垂直に登り、着いたところは
ここでも氷点下の世界。あいにくガスがかかり何も見えない。しかし空は明るくなってきている。おそらくガスの切れるのも
そう先のことではあるまいと、じっと期待をしながら限られた時間の中を待つ。
「出た!」ガスが切れ始めた。灰色のカーテンが徐々に開き「横たわる大蛇」のような氷河が目に飛び込んでくる。
「もう少し! もう少し!」と口にしながらカメラを構えて待つが頂上稜線のガスはなかなか無くならない。
青空も見え始めたがあまり時間も無い。ぎりぎりまで頑張ってはみたもののやはり広大なモンブラン山域の大パノラマは
見ることができなかった。しかし少しの間とはいえガスが切れ、目の前に現れた大氷河には圧倒した瞬間も味わえることが出来た。
下山し再び麓から見上げるモンブラン方面には長い氷河が森林限界のかなり下まで落ちてきている様子がよくうかがえた。
午後からはレマン湖畔のジュネーブの市内観光を楽しむ。
7月29日(土)第9日目
今日はいよいよ帰国の日。朝が早い。モーニングコールが4時。朝食の時間もない。空港で食べることになる朝食を受け取り
5時にバスに乗り込む。まだ暗い。まるで夜逃げのような帰国のせわしなさ。帰国のフライトの関係と、帰路は往路と違い
時間を追い越して行くことになるため仕方がない。
現地時間7時50分ジュネーブを飛び立つ。「さようならスイスのみなさん! すばらしい旅をありがとう!」
7月30日(日)第10日目
飛行機の窓で初めてご来光を向かえる。正真正銘の雲海からの日の出に最後の写真を「パチリ!」
お疲れさんでした。「長い間の留守番に感謝。ありがとう」
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