りょうくんへ
亮君への励ましのメッセージは、「救う会」宛に、「救う会」掲示板に、私宛メールに、そして、たくさんの募金とともに添えられて、それはそれは、とてもたくさんの数をいただきました。
「救う会」 掲示板より
| りょう君ありがとう
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亮くんへ
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自由のつばさ 中日新聞 1999年11月18日付 原因不明の難病で命が危ぶまれた彼の力になることができればと、6月28日付本欄 7月中旬に渡米、待機していた亮くんは9月3日、念願の手術を受ける。 だが、その 元気になったら、馬に乗るのが夢だったという。 意識がなくなるまで、その願いを |
| シカゴ新報 1999年10月20日号 より 心の灯り 中西部仏教会住職
砂川亮君が14歳を1期としてこの世から去っていった。 亮君は神戸より渡米、テキサス・ハートインスティテュートにおいて心臓の移植を受けた
棺に合掌される若い両親と亮君の妹の姿に読経中の和尚の声もつまってしまった。 普通にして簡単な表現であるが、実に意義深い味わいである。
〜この記事は、シカゴに暮らしている私の友人が、シカゴで見つけくれた記事です。
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舞子中学 広報誌より 1 りょう君 一緒に卒業しようね 昨秋、懸命な闘病の日々を送りながらも亡くなられた砂川亮君のクラス(3−4)では、 〜14日の卒業式では、答辞のあいさつや、校長の式辞の中でも亮君のことが触れられ、 〜バレンタインデーには、同級生の女の子たちが、お花をもって、亮君のおうちへ
舞子中学 広報誌より 2 亮君へ届け!!!
砂川君まで 想い届け!!
制服のそでを真っ青にしながら、みんな一生懸命作ってくれました。 |
萩原さんには、ダラスから何度も励ましのメッセージをもらいました。 |