どうしても残しておきたいこと・・


 
 亮君のママから手紙をもらいました。
 ママの手紙には亮君への想いが、いっぱい、いっぱい詰まっていました。


 アメリカから最後にきたママの手紙には、亮君が最期まで力いっぱいどれだけ
 がんばったかが、切々と綴られていました。 「救う会」のHPを管理していて
 亮君の病状をいっぱいお知らせして、みんなからたくさん応援してもらっていた
 のに、その手紙の内容は、とても辛く、哀しくて、私自身の気持ちが墜落してし
 まって、それを口に出して人に伝えることも、ましてや、書くことは、とてもとても、
 できませんでした。

 それから、約3ヶ月経って、それでも、どうしても残しておきたいこと、知っておいて
 もらいたいことが、少しずつよみがえってきて、そのことをママにチラリと言ったら、
 お手紙をもらったのです。

 亮君、

 日本で、心不全になって、人工心臓をつけて、しばらくしてから、先生に「最年少
 ですよ」と言われたんだね。 大人でもとても辛い治療で、そのポンプも1ヶ月しか
 保証期間がなかったんだね。 そのポンプを7回も交換して、そして、ドナーが
 現れて・・

 「これで日本に帰れるね」
 「心配ないからね」
 江屋先生のことばを無言で聞いていたという亮くん。

 「ちょっと怖いな」
 「ボク、ずっとこの機械つけていてもいいよ」
 手術の前、亮くんはそんなことを言ったんだ・・・ はじめて知ったよ。

 それでも、江屋先生も一緒にオペ室へ入ってくれると聞いて、安心して、嬉さ
 いっぱいで、手術をうけたんだよね。 元気になれると信じて・・・
 いただいた心臓が、動いた時、みんな、嬉しくて身体が震えるほどの喜びを
 感じたのに、 再び、心停止・・

 ママは「このまま日本に連れて帰ります」って泣いちゃって、再びポンプをつける
 手術をするまでの30分、ママの返事待ちだったんだよ。

 (ママの手紙から)
 14才と8ヶ月、人はこんなに頑張る力があるのでしょうか。 アメリカの新しい
 機械につながれて、亮は自分の身体の上に、また有る事に気がついて、私達に
 手で何? って言った時、私はなぜか平気な顔で答えたのです。
 「ごめんね。 プレゼントしてもらった心臓が動いてくれなかったから機械をつけて
  もらったよ!」
 亮はかなしそうな目でじっと見つめていました。 お腹の上のふくらみを・・・

 それからは、1度も泣き言を言わず、恨むことを言うこともなく、時には思いがけ
 ないような前向きなことを言ったり、いつも言わずにしかられていたお礼の言葉を
 言ったり、生きてるすべての時間中、私達に希望をもたせてくれました。

 

 看護婦さんの岩崎さん(病院でただひとりの日本人の看護婦さん)や、パパに
 筆談で「いつも、ありがとう」って書いたのがこの頃だったんだね。
 「治ったら、北海道に旅行しようね」「サラブレ(お馬さんの雑誌)が読みたい」
 そういって、パパやママに明日の希望を与えていたんだよね。

 亮君は、9月に入ってから、なんと8回も手術をうけています。

 9月28日 今の心臓に最後の望みをかけて人工心臓のポンプをはずす手術
        を行なったけれど、結果は心停止。 再びポンプのチューブを縫い
        付ける手術を引き続き行ないました。 
        これで、移植した心臓が動く可能性は、なくなりました。

 そして、この手術以降、亮君の弱り方は目にみえて激しくなっていきました。

 10月1日 ずっと薬で眠っていた亮君の目がまばたきをしていました。
        ママが、「お兄ちゃん、日本からサラブレが届いたよ。 早く、元気
        になって、読めるようにしたいね」 と話しかけたら、亮君は、いやいや
        をするように、首を振って涙を3本流しました。

 これが、亮君の意識があった最後の時でした。

 10月4日 亮君の身体中の細胞が力をなくしてしまいました。

 もうこれ以上、なす術もなく、その時が来たのがわかりました。
 ポンプのスイッチを切るまでの1時間、パパとママは亮君をはさんで泣きました。

    

 先生が「日本とアメリカの2カ国の人工心臓をつけて、生きるために戦ったのは
 亮君がはじめてですよ」ってすごく誉めてくれたそうです。

 最後に、日本から送られてきたフィルムケースで作ったハンドメイドのお人形が
 アメリカの看護婦さん達に渡されて、喜ばれたそうです。 きっと、亮君の「ありが
 とう」の気持ちがいっぱいいっぱい詰まったお人形と、

We placed a crane and a 5 yen coin in the doll as symbols for peace,
good luck and happy acquaintanceship.
のメッセージを添えて・・・
(フィルムケースの中に、5円玉と鶴を入れたのでした)

 (追記)

 ・・国循の看護婦さんへ・・

 行きの飛行機の中で、国循の看護婦さんたちが書いてくれた寄せ書きを何度も
 何度も涙をながしながら、亮君は読んでいたそうです。 その大切な色紙は、
 亮君が一緒に天国へ持っていきました。

 ・・山田先生へ・・

 10日間だけの出会いでしたが、その出会いで、つらい入院生活に楽しみと、
 将来の夢を見ることができたそうです。