エッセイ 194:阪神大震災10周年
1月17日は、阪神大震災から丁度10周年を迎えることになる。
昨年暮のスマトラ沖の大地震で、すっかり阪神大震災も霞んでしまったようだ。
然し昨年10月の中越地震をはじめ、日本各地には地震の火種が潜んでいて、何時何処でこれが爆発するか分からない。大変不気味である。
我々、阪神大地震の恐ろしさを経験した者の記憶が薄れないうちに、これを書き残すことは後世の人々、他の地方の人々に対する義務かと考え、此処に記しておきたい。
主として、マスメディアが実際に把握出来なかった事実や彼等が報道陣として見た視点と若干異なる角度から、事実関係を中心に私見を交えて記述することとする。
1.当時のテレビ・新聞報道を見て、私が一番強く感じたことは、彼等は被害の実態を正しく把握していない、というもどかしさであった。それは、阪神一帯全体が東西に広く被害地になった為、その地域の交通手段が全く機能しなくなったことに因る。即ち、東は西宮、西は兵庫付近までの凡そ東西20〜30キロに渡る地域で、街全体が破壊されて、ここには暫くの間、報道機関が入れなかったというのが実態であった。
2.その為、メディアが報道したのは、長田地区の火災現場と、阪神高速道路橋の倒壊を空から撮影したものが中心であった。これは極めて衝撃的な映像であり、被害の実態には違いないが、一部でしかないのである。
3.最も被害が酷かったのは、報道陣が入れなかった西宮から三宮までの地域であり、それも阪神電車よりの南側であった。大石、六甲道、灘、から芦屋に掛けての地域で、死者の数もこの地域が最大であった。JRの六甲道駅の他にも阪神電車の高架が半分崩れ落ちた下を人が腰を屈めて通り抜けていたが、毎日少しずつその高さが下がって来て、遂には完全に崩れてしまった。それも報道されなかった。阪神電車の車庫も目茶目茶であった。長田より遥かに西のJRと山陽電車のある塩屋駅も完全崩壊であったが、遂に報道はされなかった。
4.然し、この最大の被災地域に入れない報道陣がテレビに写した避難所は東端の西宮と西の長田ばかりであったので、救援物資の殆どが其処に集中してしまって、肝腎の被害地区には中々物資が届かなかったことが問題である。そしてそのことは、さほど認識もされず、また報道さえもなされなかったのが実態である。
5.この地域は、徒歩でしか入れない上に、路上に家や塀が倒れこんでいて、歩くのさえ容易でない状況であった。その為、メディアだけを責めるのは、いささか酷ではある。然し彼等がもう少し冷静であれば、この実態は見抜けた筈であるし、もっと効率的な物資の配分も出来たのではないかと思われる。
6.このとき、誰がこの地域の被害者に力を貸し、物資を供給したのか。どの組織・団体が機動的に活動したのか。そして敢えて何もせずに怠慢であり続けた組織・団体は何処なのか。私が見聞した実態を此処に明らかにしたい。
7.誰に指図、命令されたわけでもなく、この時奉仕の精神で直ぐに活動に入った若者、ボランティアを先ず第一に挙げたい。この時が日本のボランティア時代の幕開けといわれているが、彼等は、車も自転車も入れないこの地域に、障害物をかい潜りながら徒歩で入り込んでいったのである。
私は、この実態に触れた時、日本も捨てたものではない、と胸が熱くなったのを覚えている。
8.次にこの地域で活躍したのは、余り報道されていないが、山口組なのである。組の本拠が被害地のど真ん中にあった為に、全国から様々な物資があっという間に届いた。山口組は、これを全部被害者の救済に充てて、気前良く配布したのである。そして、毎日炊き出しを行って、被害者に振舞ったことも忘れてはならないことであろう。この地で被害にあった友人も、山口組には一宿一飯の世話になった、と当時を語っている。
共産党も連日、組織ぐるみで大活躍した。炊き出しや勤労奉仕に精を出していた。
9.が、一方で不甲斐なく見えたのが、自衛隊である。地震の数日後に被害地に行った際、真新しいシャベルを手にした10人ほどの隊員たちが、街角のアチコチにタムロしてぼんやり立っているのを見かけたのである。
周囲は、家が全部倒れて、至る所で人々が瓦礫を掘り返している最中なのである。見るに見かねて、私は、「君ら何してるのか」と聞いたところ、「上司の指示を待っているのです」との返事であった。「それまで、あれを手伝ったらどうなんだ」と言ったが、「それは出来ません」という。
ワイフ共々呆れてしまった。あれでは、戦争で同僚が撃たれても、上司の指示がないと助けないのだろうか、と話合ったものだ。あちこちの街角で同じようにタムロしている隊員を見かける度に立腹したことを思い出す。
同じ組織でも、山口組や共産党に比べて、なんとも情けない姿であった。
余談だが、今回、インドネシアなどの被災地に派遣される時は、この点の改善がないと現地人の非難の的にならぬかと心配する。
10.これ等の組織に比べて、奉仕活動から巧妙に逃げたのが、宗教団体であり、その最たるものは、キリスト教であったという事実は余り知られていない。教会によっては、奉仕活動を寧ろ抑えに掛かった所もある。先日信者の一人にそれを確認したところ、恥ずかしいことだがその通りです との答えが帰ってきた。その人も救済活動を進言したが、止めておけとの指示を受けた と語っている。普段牧師が唱えている「神の愛」とは、何なのであろうか。
天理教もまた、天理にある各県の宿泊施設に被害者受け入れするという活用を徹底的に避けたことも、事実のようだ。
以上からもお分かりのように、被害地の的確な把握は、極めて難しいのである。報道陣は、目の前に実際の被害を見ると、兎角全体像の把握を忘れてしまう傾向にある。救援物資に限らず、医療や人的支援に関しては、常に全体状況の把握に努めないと、的確且つ効率的な対処が出来ないことが、極端な不公平を招いてしまうのである。
今回のスマトラ島沖地震に対しても、この点の配慮が望まれる。
この他阪神大震災の余聞に関しては、次回に譲りたい。
(平成17年1月13日)
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