エッセイ 109:有事立法

昨日の報道によれば、自民党と保守党が、有事立法の内容を廻って話し合いを行ない、最終的に党首会談によって合意をしたという。
このような国家の基本的な問題に関して、野党が徒に反対するのでなく、大局的な見地に立って話し合いを進めたことは、大変喜ばしい。多少の意見の相違はあっても、立法の必要性を両者が認め合い、早期成立に就いては意見が一致していたのである。国会論議本来のあるべき姿であろう。

元々、我が国に有事の際の法的整備が行なわれていないということは国家としてその体を成していないことである。法的整備どころか、適用すべき法律が存在しないのである。これは先進諸国では稀有の例であろう。
日本は、地勢的な理由によって、歴史的に危機管理の意識が乏しく、今日まで十分に育成されるに到らなかったと考えられるが、これは尋常な姿ではない。

欧州やアジア大陸では各国が地続きであり、歴史が示すように、過去には外国からの侵略、隣国との国境を廻る争いが絶えることが無かった。然も一国の中にも隣国にも複数の宗教が国境とは無関係に存在している。その為に欧米、アジア諸国では、近隣諸国との関係において、政府は勿論、一般国民の間でも危機意識とその管理が日常生活に組み込まれているのが通常である。
これに反して、日本は近隣諸国とは、海を挟んでいる為に直接接触していない。それ故境界線の争いも無く、激しい領有権争いも歴史的に殆ど経験して来なかった。
その為に、危機意識と危機管理とが育成されずに、平穏無事な生活に慣れ親しんで来たことは間違いない事実であろう。

危機管理とは、単に近隣諸国との関係に限らず、天変地異による災害、反社会的な犯罪行為、諸外国における紛争の余波、大きな事故、疫病の蔓延等によって発生する、全ての危機に就いての管理を含めて、考える必要がある。
上記に関して近年に起こった事例で言えば、神戸の大震災、サリンによる無差別殺人、中近東での紛争及び戦争、9.12のテロ行為、北朝鮮の不審船問題、狂牛病による食糧安全確保、新型肺炎の流行等、具体的な事例に事欠かない。

これらの危機に際して、時の政府の対応、指示命令系統、担当官庁の役割分担等がその都度問題になり、指示の遅れや不適切な対応を招いてきた。その主たる原因は、適用すべき法律が存在しないか、著しく不備であることに起因する。これまで、何度も危機管理体制に整備が俎上に上がりながら、歴代政府が十分な対応を取らずに、問題を先送りしてきた責任は大きい。

少々余談になるが、私の経験から推測すると、外国で日本人が巻き込まれる事件や事故による不利益に対しても、外務省は関心を示さないか、故意に関与を回避するかのケースが多い。日本国民を保護するよりも、相手国に対する配慮を優先するのが常である。仮に具体的な事例に関与しても、公の場では殆ど発言することも無く、無力に近いのが通例である。国民保護に関して真剣に対処する意志が無いのである。この点は、諸外国の出先機関とは著しい格差があると言わざるを得ない。危機管理の意識はゼロに近い。

反面、外務省の出先機関は、政府高官や代議士達の視察旅行にエネルギーの大半を使い、更に県や市町村等の地方議会議員の接待に残るエネルギーを使い果してしまうのである。その結果、一般国民の相談に対しては、全く厄介者扱いであり、その際の横柄な態度は許しがたい程である。多分同様な経験をお持ちの方も多いであろう。

今後、これらの危機の発生は、何時何処で起こるか予想がつかないのである。多少の意見の相違はあろうが、必要な法整備を速やかに行い、出来れば危機管理庁の設置を行なってはどうか。各種の危機発生の事例を想定し、命令系統を一本化するとともに、危機別に所管の部門を定め、内容の把握と迅速な対応が行なえるよう、平時から準備することが必要である。

外国での事故に就いても、外務省の行なうべき任務を明記し、職務官を配置すべきではないか。この程度であれば、競馬馬14頭とホテルでの職員歓送迎会の費用を充当すれば、賄えるのではないか。

一刻も早い立法措置を望みたいものである。最初は必ずしも100点の法律でなくとも、不具合箇所は、随時修正を加えて結えばよい。この機会に与野党が大人の対応で合意に達したことは、意義が大きいと考える。これを機会に、現在不毛である国会での議論を、活性化させてもらいたい。

(平成15年5月15日)