雨上がりの笑顔は
その日は、急に昼頃から雨が降り出した。
どんよりと曇った空から、無数の水滴が叩きつけられて、合唱している。
誰も居なくなった教室にひとり、俺は佇んで外の風景をぼんやりと眺めていた。
「……ったく、長森のやつもとっとと帰りやがって」
友達甲斐…いや、幼なじみ甲斐のないやつだ。
ため息を1つ吐き出して、緩慢な動きで席から立ちあがり、背伸びをする。
そして、薄さと軽さにおいては世界トップクラスの性能を誇る自分の鞄を抱えなおした。
「止みそうにねぇよなぁ」
諦めの混じった独り言を口に、廊下にでる。
人気の無くなった校舎を、ゆっくりとした歩みで出口を目指す。
すると、その途中。よく見知った顔に出くわした。
「よぉ、茜じゃないか」
「……浩平」
「どうしたんだ、こんな時間まで?」
「少し、用事があったんです……浩平はどうしてこんな時間まで?」
「おお、よくぞ聞いてくれた! 実は」
「……居眠りして寝過ごしたんですね?」
「な、なぜ知っている!? さては盗聴機か隠しカメラを仕掛けているのか!?」
「クラスメイトですから、知ってます」
などと、慣れた会話。
大きなお下げが目印のこの子は、里村茜という。
多少、親しいクラスメートである。
「しかしまぁ、地獄に仏とはこの事だな。茜は傘持ってきてるだろ?」
「はい」
「うむ。茜と言えば傘、傘と言えば茜という方程式が成り立つくらいだからな。そこで物は相談なのだが―――」
「嫌です」
静寂を埋めるように、雨音が少し強くなった……ような気がした。
しかしっ、俺はここで引くわけにはいかないっ!
「いや、そんなこと言わずに話をぐらいは聞いてくれ」
「……わかりました」
と、ずっげぇ嫌そうに言われた。
「ゴホン。雨の日、放課後、人気の無い校舎、クラスメイトと来たら何を連想する?」
「……警察呼びますよ」
「違うっ! というか何を想像してるっ!?」
「浩平が想像している事です」
「んな事は考えてない! ええと、ほら、少女漫画とかでも良くあるだろう、アレだよ」
「読まないので分かりません。単刀直入に言ってください」
「傘に入れてください」
あ、なんか凄く嫌そうな顔してる。
「相合傘は恥ずかしいです」
「安心しろ、もう皆帰ってるだろうから、ほとんど見られることも無い」
「ピンクの地に白の水玉模様の傘ですよ?」
「安心しろ、ファンシーなのは嫌いじゃないぞ」
「小さいから二人入ると狭いです」
「安心しろ、べったりくっ付けば大丈夫だ」
「…………」
「…………」
「……それでは、ごきげんよう」
「待てい。何処かの紅茶好きの帰国子女風に去ろうとするな」
「…………」
更に嫌そうな顔だった。
俺とそんなに相合傘するのが嫌なのか。
ちょっとショックだ。
「もう少し待ってたら止むかもしれません」
「さっき、ヒゲ(担任)に聞いたんだが、天気予報によると夜まで降り続くらしいぞ?」
「家の人に傘を持ってきてもらうとか」
「いや、俺ってほとんど一人暮しに近いし」
「…………」
む、茜が悩んだ顔をしはじめた。
もうひと押しか?
「入れてくれたら、お礼に甘い物でも奢ってやるよ」
「どうぞ、入ってください」
「……変わり身早っ」
というか、始めからこの提案出しとけばあっさり釣れた気がする。
気がするというか、半ば確信めいたものがあった。
「相変わらず茜は、甘い物に目が無い……ってあれ?」
気がつけば、茜は傘を開いて校舎から出ようとしていた。
「…入らないんですか?」
雨の中、傘をさして立ち止まり、振りかえった茜は、
ただ、それだけのことなのに。
いつも見ている光景なのに―――何故か、とても幻想的に見えた。
「おし、帰るか。山洋堂でいいよな?」
「はい」
確かに、ファンシーな絵柄の傘はそれほど大きくなかった。
ベッタリというほどでは無いにしろ、肩がぴったり触れる距離でないと幅に収まらない。
元々それほど嫌でもなかったのか、肩がぴったり触れても、茜は何も言わなかった。
なんとも言えない雰囲気のまま、山洋堂に着く。
『本日定休日』
「……騙されました」
「いや、違うぞ。俺だって知らなかったし」
「傷つきました……」
「そこまで言うか」
「裁判沙汰になりたくなかったら、別のもの奢ってください」
「ほとんど脅迫だな、おい。……はぁ、そこのクレープ屋でいいか?」
「……はい。許します」
近くのクレープ屋で、俺はバナナチョコクレープを買う。
茜は、何やらとてつもなく甘ったるそうなクレープを注文した。
「また、凄いトッピングだな」
「はい…奢って頂いて、ありがとうございます」
「……律儀だな」
「こういう時は、普通、お礼ぐらいいいます」
「そっか」
雨の中、クレープを食べながら、二人歩く。
食べ終われば、少し不器用な会話がはじまる。
今日、学校で起こったくだらないこと。昨日のこと。明日のこと。
俺の話に、茜は相槌を打ちながら、少し話す程度の事だけど、それでも俺は楽しかった。
会話の端々で、茜の表情が、少し微笑んでくれるだけでも、俺は嬉しかった。
そうして話す内に、景色はゆっくりと移り変わり、あの場所まで来た。
俺と茜が、こんなふうに話す切っ掛けとなった、あの空き地。
会話が途切れ、お互い無言になる。
「……」
「……」
言葉が止まっても、足の歩みと雨は止まらない。
あの場所の事を聞いても、茜はおそらく何も答えてはくれないだろう。
だから、俺は代わりの言葉を紡いだ。
「なあ、茜は雨は好きか?」
「…え?」
何気ない質問だったが、茜は虚を突かれたように、足を止めてこちらを見た。
そんなに変な質問だっただろうか?
「茜って、雨女なのか?」
「そう……ではないと思います、けど」
何故です? という目で見る。
「いや、茜って雨のイメージがあるから」
「……それは、ジメジメして暗い、という意味ですか?」
「い、いや…そこまでは」
「気にしなくていいですよ……太陽が似合う女の子とは思ってませんから」
自嘲するわけでもなく、淡々と言う茜。
しかし、少し表情を和らげて彼女は言った。
「でも……そうですね。雨は嫌いではないです……お気に入りの傘が使えますから」
そう言って、手に持った傘を見上げた。
「そっか」
そう言われると、なんとなくホッとした。
寂れた空き地に佇む茜が、その傘と雨に少しでも心救われているのだから。
なんとなく、二人でそのまま空き地を見ながら佇んでいると―――。
「おや?」
「……雨、止みましたね」
「天気予報も、アテにならんもんだな」
雨脚が一気に弱まり、傘に伝わる衝撃が無くなった。
暗い雨雲も晴れ、ところどころできた雲の隙間から、太陽の光がさし込む。
俺達は、傘をたたんで空を見上げた。
ゆっくりと、暗い雲が風に流され、その向こうにある青い空が顔をのぞかせた。
「――そういえば、茜だけ答えて俺だけ答えないっていうのも不公平だな」
「?」
「俺は……雨が降ると早起き出来るのはいいが、あんまり好きじゃないんだ」
「……そうですか」
俺は、ああ、と頷いて周りの風景を眺めた。
雫をぽたぽたと、落す雑草。
木漏れ日が木々の葉についた水滴に反射して、キラキラと光る。
アスファルトに出来た小さな水溜りに、俺の顔が映った。
「けどな…」
何処かの家の窓が開く音。
雨の匂いと太陽の匂いが混ざり、澄んだ空気の風が吹く。
空には―――七色の橋。
「雨上がりは好きだ」
茜は少しびっくりしたように、俺の顔をしばらく見たあと、
視線を空に移し、
「私もです」
と言って、小さな虹の様に微笑んだ。
了
■あの人は今!? 的なあとがき■
「みそじ」という言葉がある。
三十代前の成人には、なかなかキツイお言葉であり、見とめたくない事実だ。
そこで、今回は「三十路」という言葉のイメージを払拭する為に、新しい言葉をなんとなく開発してみようと思う。
というわけで、できました。
「味噌痔」
なんとも言えない気分に読者を巻き込んだところで、基本的なあとがきを成し得たといえよう。
半年以上の時間を経ている以上、変わらねばならないのだ。人として。どうだ参ったか。
では、今回はこのへんで――。
七瀬「ちょっと待たんかい、そこのポンコツ三流SS作家っ」
おや、漢と書いて「オトコ」と呼べるヒロイン世界代表の七瀬留美さん。
七瀬「誰が漢よっっっ!!!?? アンタ、変人度がこの半年で更に拍車がかかってない!?」
安心召されい、公認であるゆえに。
七瀬「どっちが!?」
両方。
さてさて、カルシウムの足りないツッコミ役最適キャラはほっておいて、解説を。
■ 雨上がりの笑顔は
タイトルをどうしようか最後になっても悩んでました。結局適当です。
おおよそ、8ヶ月ぶりのSSです。作風がかなり変わったような気もしないでもないんですけど。
今回は、リハビリ気分で初のONESS書いてみました。
何気ない雨の日の日常、もちろん茜で。
突発的に書いたので、いろいろ過不足もありますがご容赦を。
…にしても、茜のキャラの良さを全然出せませんでしたなぁ…
七瀬「チャットやBBSとの作者の性格が全然違うんですけど…別人?」
人は、多面性を持っているんですよ。ある意味このあとがきの作者も作られた存在です。
しかし「本当にあの雷電さんですか?」と聞かれたときはちょっとこの存在に疑問を持ちましたけど。
変人には憧れないけど、怪人には憧れるなぁ…。
七瀬「憧れてどーする……」
いや、怪人ってなんかカッコイイじゃないですか。
ふははは、さらばだ明知クン! とか言って気球で飛ぶのが野望です。
七瀬「野望って………。とにかく、戯言はいいからどんどんSS書きなさいよ?」
別にまったく書いてなかったわけじゃないんですけどね。
それでは、また―――。
初版 2002/11/08
改正版 2005/02/10