第1話 「水瀬家の朝」

 

「おはようございます、秋子さん」
「おはようございます、祐一さん」

 リビングに入りテーブルに座る。台所では秋子さんが朝食を作っている。

「あゆちゃん、祐一さんを起こしてくれてありがとう」

 おっとりとした口調であゆに話しかける。

「ううん、全然いいよ」

 首をぶんぶんと振りあゆが答えた。

(できればもう少し早く起こして欲しかったんだがな)

 と、心の中で呟きながら秋子さんが淹れてくれたコーヒーを飲む。

「ふぅ・・・秋子さんの淹れてくれたコーヒーはいつ飲んでもおいしいですね」
「あら祐一さん、褒めても何もでませんよ?」

 秋子さんが笑顔で返す。本当のところ、秋子さんのコーヒーは喫茶店に出されてもいいくらいうまい。改めて水瀬家の大黒柱に感謝する。

 

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

秋子さんが朝食を運んできてくれた。水瀬家での朝は基本的にトーストにコーヒー、それに何か1品という形が多い。

「それにしてもあゆちゃん、その制服似合ってるわよ」
「本当ですか!?やったー!」

 隣ではしゃぐあゆ。よく見ると俺達が通っている学校の制服だ。

「そういえばあゆ、今日入学式か?」
「うん、そうだよ!もう楽しみで楽しみで昨日はなかなか眠れなかったんだよ!」
「遠足前日の小学生じゃあるまいし・・・」

 苦笑しながらコーヒーを飲む。と、そのとき足下を何かが通った。

「うわっ!な、何だ!?」

 急いで立ち上がりテーブルの下を覗き込んだ。

「にゃー」

 そこには白と茶色が綺麗に分けられている小さめの猫がいた。

「なんだ、ぴろか・・・驚かせるなよな」
「うにゃ?」

 その猫、ぴろを抱き上げながら椅子につく。ちなみにぴろとはピロシキが名前の由来だ。

「ぴろ、お前のご主人・・・いやお前のペットはどうした?」
「誰がペットよ!」

 ゴン。鈍い音と共に頭に衝撃が走る。

「ぐっ・・・真琴、お前今何で殴った・・・」
「何のこと〜?真琴は知らないよ〜。おいで、ぴろ」

 真琴は素知らぬ顔で椅子に座りその膝の上にぴろを乗せた。
 ぴろを触るたび両側で結んでいる髪が揺れる。
 幼い顔とは不釣り合いな制服。もちろんうちの学校の。

「だ、大丈夫?祐一君」

 あゆが心配そうに顔を覗き込んでくる。よく見ると少し笑っていた。

「あゆ・・・お前真琴が今何で殴ったか見ていただろ?教えろ」
「え?え、えっと・・・それは・・・」

 あゆの目線の先を追ってみる。そこには普通食卓にはまずないものがあった。

「お前こんなもので俺を殴ったのか!」

 そこにあったもの、鉄アレイを指さして言った。

「ま、真琴じゃないよ!」
「ほう、この期に及んでシラを切るつもりか?じゃあ誰が殴ったって言うんだ?」
「それは・・・ぴ、ぴろ」
「・・・・・・・」

 無言で立ち上がり真琴の頭を叩く。

「痛っ!あう〜・・・ばれないと思ったのに・・・」
「ばれないと思ったのはお前だけだ」
「あ、祐一さん、名雪を起こしてきてもらえますか?」

 呆れながら椅子に着こうとしたとき、秋子さんが言った。

「わかりました」

 椅子に座らず、そのままリビングを出て階段を登る。

 

 『名雪の部屋』と書かれている部屋の前に立ちノックをする。しかし予想通り反応は無い。

「名雪ー、入るぞー」

 ドアを開け部屋に入る。女の子っぽい部屋に似合わない無数の目覚まし時計。

「おい名雪、起きないと遅刻するぞ。新学期早々遅刻なんて俺は嫌だからな」

 ベッドで寝息を立てている少女に近寄り声をかける。まったく起きる気配は無い。

「おい、名雪!」

 さっきよりも大きな声をだしてみたが、やはり反応は無い。

「・・・・ねこさん・・・・すぅ・・・」

 幸せそうな顔で寝言を言っている。

(まったくこいつは・・・)

 などと考えていると部屋中の目覚まし時計が一斉に鳴り出した。

 ジリリリリリリリリリ!
 ピピッピピッピピッピピッ!
 もけけけけけけけけけ・・・
 リリリリリリリリリ!
 朝〜朝だよ〜。ご飯食べて学校に行くよ〜。朝〜
 ピーピーピーピー

「あー、うるせー!」

 名雪を起こす前に先に目覚ましを止めることにした。

(・・・もけけけ?)

 

 ・・・・・・・・・・・

 

 ジリリリリリ、カチッ。
 最後の目覚ましを止め、再度ベッドに目をやる。

「なんでこの状況で寝ていられるんだよ・・・」

 何事もなかったように眠っている名雪に近づき顔を覗き込む。

「んー・・・祐一・・・」

 また寝言。しかも満面の笑みで。
 ぶっつん。理性という何かが切れた気がした。
 ベッドに手を置き、顔を近づける。

「起きないとキスするぞ」

 閉じられていた目がぱっと開く。

「ふあぁ・・・よく寝たー・・・あれ?」

 大きく伸びをする名雪。

「おはよ〜祐一・・・そんなところで何してるのー?」
「別に・・・」

 慌てて部屋の隅に逃げ出した俺はまともな挨拶を返すことができなかった。心臓が激しく動いている。

 (・・・なんであんな一言であっさり起きるんだよ)

「はぁ・・・なんか複雑」
「どーしたの?祐一」

 無言で近寄り両方の頬を引っ張る。

「な・ん・で・も・ね・ー・よ」

 とげとげしく言い放つ。

「ひ、ひふぁひひょひゅふひひ〜。ひゃひゃひひぇひょ〜」

 訳:「い、痛いよ祐一〜。離してよ〜」

「祐一さん、名雪は起きました?」

 ドアを開けて秋子さんが入ってくる。

「あ、秋子さん。今起きましたよ」

 手を離して秋子さんの方を向く。

「うにゅう〜・・・痛かったよ〜・・・」

 涙目になりながら頬を撫でる。

「なかなか起きないお前が悪い」
「早く支度しろ、置いていくぞ」

 きっぱりと言って俺は部屋を出る。そのまま自分の部屋に戻り鞄を持ち階段を降りる。

 

 リビングに行くとあゆと真琴がテーブルに突っ伏していた。

「?何してるんだ、二人とも」

 近づいてよく見てみる。テーブルの上には飲みかけのコーヒーと食べかけのトースト。

(・・・まさか)

 食べかけのトーストをよく見る。予想通り、知らない色のジャムがたっぷりついている。

「・・・あれほど気をつけろと言ったのに」

 顔に手をやり、二人を見る。

「は、春が来てまた春が来たらいいのに・・・」
「ぼ、ボクのこと忘れてください・・・」
「あー、二人とも、そういう発言はご遠慮下さい」
「あら祐一さん、まだいらしたんですか?どうです祐一さんも。新作のジャ――」
「ああああ!もうこんな時間だ!秋子さん、行ってきます!」

 慌てて玄関へと逃げ込む。

「・・・残念です」

 

 玄関に行き靴を履く。と、名雪が階段を降りてきた。

「あ〜、祐一待っててよ〜」
「表で待っててやるから早くしろよ」
「うん!」

 玄関のドアを開け外に出る。初春の風が吹き抜けた。

「んー・・・・んっ!」

 大きく背伸びをして空を見る。今日も快晴だ。

「祐一〜、お待たせ〜♪」
「祐一君待った?」
「ほら、行くよ祐一」

 今日も一日が始まる。

 

 

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